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映画「アルゼンチン1985 歴史を変えた裁判」(2022)

作品情報

原題:Argentina, 1985

監督:サンティアゴ・ミトレ

出演:リカルド・ダリン/ピーター・ランサーニ/アレハンドラ・フレヒナー

制作国:アルゼンチン・アメリカ合作

上映時間:141分

配給:Amazon Prime Video

年齢制限: 16+(映倫審査のR15+相当)

あらすじ

1976年のクーデターによって樹立されたアルゼンチンの軍事政権は、国民に過剰な弾圧を行っていた。政権崩壊後の1985年、弾圧の犠牲者たちに正義をもたらすため、フリオ・ストラセラ検事らは限られた準備時間のなか、脅しや困難にも屈せず、軍事独裁政権の幹部たちの責任を追及していく。

解説

1985年のアルゼンチンであった軍事独裁政権の弾圧に対する裁判を映画化したリーガルサスペンス。フリオ・ストラセラ検事、ルイス・モレノ・オカンポ副検事、そして法を信じる若者たちが一丸となり、強大な相手との裁判に挑む姿を描いた。

 

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悲しいかな、現代にそのまま通じる40年前の最終論告

2022年のゴールデングローブ賞を受賞し、「RRR」や「別れる決心」といった対向を抑えてアカデミー賞外国語映画賞にも滑り込んだアルゼンチン作品。

軍事政権が倒れて間もない1985年のアルゼンチンで、当時の軍幹部たち相手に裁判を起こし、そのうち数名に終身刑を言い渡した歴史的な裁判の映画化である。

ユーモアもあり暗すぎずいい塩梅にエンタメ化されているが、今なお軍事政権や戦争が続く現代を生きる人々に向けた強いメッセージも含んだ骨のある映画だ。

 

こんな骨太な映画があまり宣伝もされず、配信限定で劇場で観られないことは人生の損失。(という強い思想)

ていうか特定のサブスクサービスに加入しなければ観られない映画が存在すること自体、映画業界、映画史、映画に関わる人類全てにおいて悲劇でしかないと思うんですが、どうなんですかね?

映画はもっと自由に触れる機会があって、みんなが同じものを見て感想や経験を共有し合うから歴史になっていくと思うんですが・・・

という話は全然関係ないし長くなるので、そんな勿体無い扱いになってしまっている映画の話をしたいと思います。

 

軍事政権は倒れたが

アルゼンチンはほんの40年前までゴリゴリの軍事政権だったらしい。

ありがたいことに日本はそんな物騒な話とは無縁なので、僕は軍事政権が倒れたニュースを聞いても「そうか、よかったな」と思うだったのだが、当然不安定な情勢がしばらく続く。

 

主人公であるストラセラ検事は国家再建計画の一環として、当時の軍幹部を裁く民事裁判を依頼されるが、全然乗り気ではなかった。(そもそも軍法会議でないこと自体がおかしい)

軍事政権が終わり1年足らずのアルゼンチンでは、まだ国中の重要なポストに軍事政権側の人間がいる状態だったという。

そんな裁判を引き受ければ自分自身だけでなく、家族にも嫌がらせや脅迫に怯える日々を遅らせることになる。

万が一軍事政権が返り咲いた日には間違いなく命はないだろう。

 

そんな理由からどうにもやる気にならず逃げ続ける検事だが、案の定まだ引き受けてもないのに脅迫電話がばんばんかかってくるが何故か意外と妻や子供たちの方が肝が据わっていて、「やっちまえよあんな奴ら!」とハッパをかけられてやる気になるシーンはなんか面白い。(そしてやっぱり車が爆破されたりするのだが)

「よし!パパ、全員刑務所送りにしちゃうぞ!」と決意を固める姿はおじさんなのになんだかカッコいい。

 

脚本がとにかく熱くて面白い

コミカルに見られるところもあるが裁判の内容は極めて重大。

何故なら7年の軍事政権で軍が自国民に行った拉致、拷問、処刑等の犠牲者は3万人に及んでいたというのだ。

法曹界にも旧政権の影響が及んでおり、やむなくストラテラ検事は軍事政権に関わりのない世代から新卒や素人ばかりの寄せ集めチームを結成し戦いに挑むしかない。

しかも、証人集めをしようにも攫われたまま帰ってこなかったり、生還しても自らに起きたあまりに非道な経験を語れない人が多く、調査は難航する。

 

詳しくは映画で確認してほしいが、主人公も、彼の相棒になるルイス・モレノ・オカンポも軍事政権の恩恵を受けていた側。

特にルイスの家族はみな軍関係者で、一族からしたら裏切り者である。

正義を求める気持ちとと過去の自分に対する心の葛藤、職務を全うする責任を背負った大人の描き方がまた上手い。

 

なんとか証拠と証人を集めて裁判が始まるのだが、そこで証言される残虐な犯罪行為の内容に圧倒される。

映像としてその凄惨なシーンは一度たりとも描かれないが、俳優の見事な芝居と演出力を持って、その重みを十二分に届けてくる。

裁判中も幾度となく脅迫や暗殺未遂が行われるが、集まった証言や証拠で世論は次第に検事側へと傾いていき、それを受けた彼の正義の炎もますます燃え上がってくるのだ。

 

歴史に残る最終論告

国を恐怖に陥れた巨悪を断罪し、正常な国へ変わっていくという真摯な決意表明でもある最終論告シーン。

映画のクライマックスであるこのシーンで検事は10分間にも及ぶ論告を行うのだが、大好きすぎてここだけ何度も見てしまう。(論告を頭痛めて生み出すチャプターも「感動的なシーンの裏側こんなに見せちゃって本当にいいの?」ってくらいめちゃくちゃ面白いので映画で観てほしい)

楽しんでは不謹慎な気もするが、正直こんなに正論で相手をフルボッコにできる状況なかなかない。

軍事政権絶対許さないマンへと変貌した検事の切れ味は凄まじく、創作もドン引きの悪事が現実におこなわれていた前提も作用して、昔の勧善懲悪時代劇で得られる快楽の数倍気持ち良くなってしまう。(そんなシーンでも自分の考えた一文が採用されてニヤッとする息子のカットを挟む余裕、これがまたカッコいい)

 

「弁護側が何度も持ち出した、『戦争だった』という論理を受け入れると仮定します。しかし、匿名の集団が武器を持たない市民を明け方に襲い、拉致することが戦争行為と言えますか。無抵抗の人たちを拷問し、殺すことが戦争行為と言えますか。家を占拠し家族を人質に取ることが戦争行為ですか。たった今産まれたばかりの子供が、軍の標的なのですか」

 

戦争を行うすべての国の元首に聞かせたい言葉オブザイヤーですね。

 

ひとつの裁判が終わってからも戦いは続く。

「全員終身刑だ」

という検事のセリフは、今もなおアルゼンチンで続いている様々な軍事政権絡みの裁判と、そこで戦う人々に向けた再確認のようにも受け取った。

正義を貫くことがいかに崇高でカッコいい事か、ヒーロー映画以上に正義やヒーローの存在を感じさせてくれた様にも思う。

 

まとめ

本作はアルゼンチンの軍事政権が行った大罪を洗い出した裁判を、映画という手法を持って現代に再現している。

アルゼンチン史に知識が浅く、登場人物の名前も長くて覚えにくいので少し難しいかもしれないが、骨太で緊迫感がありつつユーモラスなシーンも挟み長尺でも楽しめる、かなり脚本が上手。

共に戦った軍事政権に染まっていない若きチームメイトたち。

そして、主人公の傍でピンチを救い、いつも奮い立たせたまだ幼くも賢い息子。

未来を作っていくのは頼もしい若者であるという事もこの映画は物語っている。

終盤の熱く力強い論告求刑は、今もなお続く軍事政権国家や戦争を行う国に対する強いメッセージだ。

 

1.50:1の画角も最初は不思議だったが、当時の映像との垣根をなくすための選択だったのか。

日本未公開だがAmazonスタジオ制作でプライムビデオにて配信されているので、一人でも多くの人がこの映画を観てくれることを願う