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映画「ノートルダム 炎の大聖堂」(2023)

作品情報

原題:Notre-Dame brule

監督:ジャン=ジャック・アノー

出演:サミュエル・ラバルト/ジャン=ポール・ボーデス/ミカエル・チリニアン

制作国:フランス・イタリア合作

上映時間:110分

配給:STAR CHANNEL MOVIES

年齢制限: G

あらすじ

2019年4月15日、ゴシック建築の最高峰として名高いパリのノートルダム大聖堂が炎上するという大惨事が起こった。「ノートル・ダム(我らの聖母)」という名が示す通り建造されてから794年もの間、パリの人々を見守ってきた大聖堂が焼け落ちる事態に世界中の人々が衝撃を受けた。大聖堂崩落の危機が迫る中、消防士たちは大聖堂と聖遺物を守るため決死の突入を試みる。そして奇跡の「死者ゼロ」という偉業を成し遂げた彼らの真実が今、明らかになる。

 

 

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巨匠の編集センスが光る世紀の記録映像

約800年も変わらずあり続けた大聖堂が焼け落ちていくニュース映像は当時の僕に大きな衝撃を与えた。

なぜなら、2014年発売のゲーム「アサシン クリード ユニティ」で精巧に再現された大聖堂を死ぬほど登り、クセのある出っぱりや坂道に悩まされ、ニュース映像を見ても登るルートやそんな記憶ばかりが蘇るほど自分の中に刷り込まれていた建物だからだ。(フランス人ほどではないが)

 

そんな衝撃的な事件をフランス映画界が誇る79歳の巨匠、ジャン=ジャック・アノーが入魂の映画化。

うちはIMAXもないので全力でIMAX推しする作品だとそちらにお客さん吸われちゃうかなぁとか思ったりもするのだが、あまりにも素晴らしい映画体験ができた記事にしたいと思う。

 

作り手の高い意思を随所に感じる技巧派映画

ノートルダムの魂が宿るフランスでの撮影」というこだわりを持つ監督が巨大セットを建てて実際に炎上させ、IMAXカメラで撮影した圧巻の映像が売りの本作。クリストファー・ノーランかな?)

だがしかし、この映画の最大の武器は「当時のニュース映像」、そして「SNSで一般人から集めた大量のスマホ映像」である。

確かに巨大セットを燃やしたスタント撮影も凄いのだが、本物の歴史ある巨大建造物が実際に焼け落ちていく映像の凄まじさに勝るものはない。(だって取り返しがつかないってレベルじゃないんだもの)

どんなに精巧なセットを作ってもそれはセット。

築800年の建物を燃やす映像なんていうあり得ないものを見ることはそれすなわち悲劇なのだが、わかっているのだが、感動が上回る。

なんかもう、もの凄いディテールの煙や崩れ落ちる屋根や尖塔の映像を見るだけで涙が溢れてくるのだ。

↓当時の写真を少々

煙が黄色いのは鉛が燃えているためだ

他にも混乱した街の様子など、文句のつけようがない迫力の本物映像がかなりの比率で使われているのでかなりドキュメンタリーチックな印象を受ける。

そんな実際の映像が映画用に撮影したシーンと巧みな編集で組み合わせる監督の手腕が見て取れてそこにも感動を覚えた。

例えば混乱した道路で立ち往生する消防車の映像と車内で退くように叫ぶ俳優のお芝居の映像が画面を真ん中で分割したスプリット演出で見せられたり、燃える本物のノートルダムとそれを見上げる俳優の映像が交互に映ったり、とにかく編集が巧み。

 

セットもかなり頑張ってるのに本物の映像が凄すぎてやはりセット感が出ちゃうところを演出の技法で補い、常に緊張感を持続させるジャン=ジャック・アノー監督の技巧に震える。

 

音へのこだわりもかなりのもので、燃える炎や弾ける水、崩れる石壁の音のリアルさがすごい。

本作は設備がある劇場なら4K映像に7.1chの音響で上映されており、運良くそちらで見ることができたのだが、IMAXまで行かずとも「火災現場のど真ん中を体験してもらう」という監督の目論みを十二分に味わうことができた。

 

脚本にはそこまで光るものはないが、数百人へのインタビューを基に徹底再現された当時の様子は並の映画を遥かに超える衝撃的な出来事の連続。

全ての要素が監督の手によりひとつにまとまり、大聖堂が救出されるまでの記録映像的エンターテイメント作品へと昇華されている。

 

映像記録としての映画の存在意義

映画が持つ存在意義のひとつとして、当時の社会情勢や出来事を記録し保存するという役割がある。

監督がこの映画を制作するにあたり、「在りし日のノートルダムの姿と、燃えてしまったノートルダムがいかにして救われ、その影にどのような人がいたか」を後世に伝えることが目的なんだと僕は感じた。

 

まずそう感じたのはオープニングシーン。

ガイドが大聖堂の観光ツアーを様々な言語で行う映像がひたすら続く様子はさながらツアーガイドビデオを見ているようだ。

このシーンで印象的なのはツアーガイドや観光客の様子、展示されている美術品の映像に中世の頃に描かれたノートルダム大聖堂の絵画が挟まれるところ。

5分ほどのシーンだったと思うが、大聖堂がいかにこの地にとって重要な建物であるかを印象付ける良いシーンだった。

 

事件の始まりとしては諸説あるらしく、天井裏の電気系統機器の不具合や、禁煙である工事現場でタバコを吸う作業員の姿など、火災の要因になる出来事が次々に提示されるが、そのどれがきっかけでこの事態が起きたかは映画では描かれない。

真相がわからない部分に関しては全てを平等に表現する。その姿勢は意外と他の実話系映画では見ないパターンなので印象に残っている。

警報が鳴ってからの緊張感とスピード感はかなりのもので、消防士映画にハズレなしの記録更新を確信した瞬間だった。

 

そして、この映画で描かれるヒーローは消防士だけではない。

大聖堂と貯蔵される文化財を守ってきた学芸員たちだ。

 

大聖堂の中には聖遺物と呼ばれるキリストにまつわる聖なる古い遺物がたくさんあり、その中でも「いばらの冠」は特に重要なようで、「他はダメでもあれだけは守ってくれ・・・」と死にそうな顔で懇願する聖職者と学芸員の姿が今でも脳裏に焼き付いている。

 

これがまた重要であるが故に大事に守られすぎていて回収が難しいというまさかの事態に。

そのせいで(不謹慎だけど)めちゃくちゃ面白いスペクタクル救出劇になっているので、詳しくは本当にこの映画を見てほしい。

 

まとめ

フランス映画界の巨匠ジャン=ジャック・アノー監督は、あの日フランス人が直面した悲劇を風化させない圧倒的な臨場感の記録映画を作り世界中に公開し後世に残した。

もっとエンタメに振り切った感動映画にすることもできたと思うが、そこはあえて抑えていったようにも思う。

遠く離れた地で起きた、そこに住む人々にとっての重大な出来事をまるで我が事のように追体験させてくれる。

映画にはそういう側面もあって、そういうところが好きなんだと再確認させてくれた良い映画でした。

 

〈余談〉

冒頭で「アサシン クリード ユニティ」に触れたが、火災が鎮火した直後にゲームを製作したUBISOFTは直ちに募金を募ったり、在りし日のノートルダム大聖堂の姿を見て欲しいとしてゲームの無料配布をおこなったりしていた。

それくらいフランス人にとっては象徴的な建物だったのだろう。

また、本作のプロモーションのプロモーションとして大聖堂の火災に飛び込んでいく消防士を追体験できるVRゲームをUBISOFTが制作したりもしたらしい。