ご一緒にこちらの映画はいかがですか?

映画館で働きながら、たくさんの映画と映画を観る人を見つめています。

映画「ポトフ 美食家と料理人」(2023)

作品情報

原題:La Passion de Dodin Bouffant

監督:トラン・アン・ユン

出演:ジュリエット・ビノシュブノワ・マジメル/エマニュエル・サランジェ/パトリック。・ダスンサオ/ガラテア・ベルージ/ヤン・ハムネカー/フレデリック・フィスバック/ポニー・シャニョー・ラボワール/ジャン=マルク・ルロ/ヤニック・ランドライン/サラ・アドラー/ピエール・ガニェール

制作国:フランス

上映時間:136分

配給:ギャガ

年齢制限:G

あらすじ

19世紀末、「食」を追求し芸術にまで高め、料理会のナポレオンとまで呼ばれる美食家ドダンと、彼が閃くメニューを完璧に再現する天才料理人ウージェニー。二人は20年に渡り深い絆と信頼で結ばれていたが、ウージェニーはドダンの求婚をかわし続けていた。ある日、ユーラシア皇太子の晩餐会に招かれたドダンは、豪華だが退屈な料理にうんざりする。食の真髄を示すべく、ドダンは最もシンプルな料理「ポトフ」で皇太子をもてなすと決めた矢先、ウージェニーが病に倒れてしまう。ドダンは人生初の挑戦として、全て自分の手で作る渾身の料理で愛するウージェニーを元気づけようと決意する。

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ポトフの映画ではなかったような気がするが、味わい深い良さがある。

お休みの日の朝、目が覚めてスマホを触ると、ふと頭をよぎる。

「なんか映画やってないかな」

行動圏内の映画館をざっと巡回し、時間の都合が合う興味の向いた映画をパッと見に行く。

これが僕のほとんどの場合の映画鑑賞ムーブ。

予定を立てて行動することが好きでない(予定を守らねばという義務感を縛りに感じてしまう)し、事前に作品を決めておいてもその時の気分は違うかもしれないので、お休みの日はいつもざっくり「映画いくかも」くらいの気持ちにしておく。

 

そんな感じで出会ったのが今回観た「ポトフ」という映画。

朝起きてスマホを触るまで存在も知らなかった映画だが、そんな映画との不意の出会いが好きなので、この日はこれを観ることにした。

毎週放送しているテレビ映画枠を見て育った子供の頃の、あの偶然性を映画館に作り出す行為だと思っている。

 

あらすじは上に書いた通り。

フランス映画がこの内容で136分はちと長いのでは?と不安に駆られたが、その理由はすぐにわかった。

映画の方向性を示す冒頭、この30分がセリフも最小限にひたすら料理をし続ける調理映像だったのだ。

 

本作はいわゆる「料理映画」として宣伝されている。

僕が好きな作品で言うと「二つ星の料理人」や「シェフ 三つ星フードトラック始めました」などが多分料理映画だ。

テンポの良い音楽と編集で小気味よく美しく美味しそうな料理が登場する。

この「ポトフ」がそれらと決定的に違うと感じたのは調理過程の見せ方で、料理人の手際良さや美しい料理を狙って映すショットがない。

徹底して自然な調理の風景を映すことに意識を向けたカメラワークは長回しをかなり多用し、カメラは調理場を行き来する人々を追うように動き回り、鍋に食材が入れば覗き込むような動きも見せる。

BGMも意図的に排されており、食材を切るトントンという音、大きな鍋で魚を煮る音、ジュワーっと広がる匂いまで伝わってきそうな肉を焼く音、キッチンで聞こえる音の全てがBGMと化した。

豪華俳優陣が揃い調度品や衣装も素晴らしく美しい、もはやゴージャスな料理ASMRだった。

 

30分、主人公が催す午餐会のためのさまざまな料理が作られ、それを食べる美食家仲間たちの様子が映し出される時間。

これがこの映画の挨拶がわり。

ここから本題に入るが、残り約1時間40分なら妥当なところだろう。

 

美食家のドダンは料理人のウージェニーと20年来の付き合い。

お互いに強い信頼でつながり男女の中でもあるが、ウージェニーは一向にドダンのプロポーズを受け入れない。

そんなある日、ユーラシア皇太子の晩餐会に招かれたドダンは、美食家として許し難い内容のコースメニューにうんざりする。

ドダンは皇太子を家に招き、フランスの庶民的な大衆料理であるポトフで美味しんぼよろしく本当の美食ってやつを見せつける事を画策する。

 

「ポトフ」というタイトルとこのあらすじ、予告編を見てもわかるがそこを中心に宣伝されているので、あたかもこの映画が「美食家と料理人が究極のポトフを生み出し皇太子をギャフンと言わせる作品」だと期待させてしまうかもしれないが、実は全然そんな映画ではない。

確かにそのような展開があるが、本作の軸は少年のように純粋な情熱を持つドダンと、そんな彼を愛しながらその気持ちに応えないウージェニーのロマンスの行方だ。

 

原題の「ドダン・ブーファンの情熱」はまさにこの映画のことで、料理について、愛する女性について、映画の全てがドダンの内なる熱意を中心に描かれている。

病に倒れたウージェニーを励ますために料理をするシーンではドダンの呼吸や吐息にフォーカスが当たる演出はどこか官能的だ。(他のシーンもだが、料理は官能に通づる)

 

プライベートでも結婚していた元夫婦である主演のジュリエット・ビノシュブノワ・マジメルが演じる二人のロマンスは大人の恋愛でありながら、どこか初々しいトキメキが失われていない。

熟年夫婦の落ち着きに達しながら、ロマンスの行方に心をつかまれる絶妙なバランス感覚にとアン・アン・ユン監督は挑戦している。

この映画はユン監督の妻で共に映画制作をしているトラン・ヌー・イエン・ケーに捧げられている。

映画にも登場する「人生の秋」に差し掛かった監督だからこそ、このニュアンスを描けたのだろう。

 

人生の秋を迎えたというドダンに死ぬまで夏だと応えるウージェニー。

カメラは二人の愛の行方を追い、どんなことが人生は続いていくというメッセージを残して終わる。

皇太子もポトフもいつの間にかどうでも良くなっていたし、あの絶対味覚を持つ女の子なんか物凄いキーパーソンになりそうなところをあまりそういうところもなく。

そんな気になる点は多少あったが、料理よりも調理過程と食べる人の姿を映す素敵な気持ちになる映画だった。

 

冒頭に書いた僕の休日映画鑑賞スタイルでこういう映画を引くとものすごく当たりを引いた気持ちになります。

オヌヌメです。