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映画「ハドソン川の奇跡」(2016)

作品情報

原題:Sully

監督:クリント・イーストウッド

出演:トム・ハンクスアーロン・エッカートローラ・リニー/クリス・バウアー/マイク・オマリー/アンナ・ガン/ジェイミー・シェリダン

制作国:アメリ

上映時間:96分

配給:ワーナー・ブラザース映画

年齢制限:G

あらすじ

2009年1月15日、乗客155人を乗せたUSエアウェイズ1549便のエンジンがマンハッタン上空850メートルで突如停止。墜落すれば乗客のみならずニューヨーク市民にも甚大な被害が及ぶ状況で、機長のサレンバーガーはハドソン川への着水を決断する。機長の巧みな操縦とクルーの迅速な避難誘導、現場周辺を航行していた船舶の協力もあり、これほどの大事故ながら全員が生還する。機長は国民的英雄として称賛されるが、その判断の正当性を問う国家運輸安全委員会の厳しい追及が行われる。

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航空機事故後に行われる調査と当事者の葛藤に迫る傑作

新年早々大地震、そして救援物資を届けるために緊急出動した海保の飛行機がJALの旅客機と衝突する日本航空史に残る大惨事だ起きた。

バタフライエフェクトじゃないけれど、地震さえなければと思わずにはいられない。

連日報じられる事故の瞬間や機内の映像、CAの素晴らしい避難誘導や管制官と機長のやりとりの話題を見るたびに、僕はこの映画のことが頭をよぎる。

 

ハドソン川の奇跡」はクリント・イーストウッド監督が手がける現代アメリカの英雄にまつわる実話映画シリーズ。

イーストウッド監督作品で(当時)最短の96分という短尺ながら、ひとつの航空機事故を様々な角度から描き、その後の再発防止策を検討するための事故調査の様子も克明に描写している。

感情を盛り上げる音楽や感情的な芝居は意図的に排された抑制の効いた演出ながら、エモーショナルで見応えのある人間ドラマを仕立て上げた傑作。

僕はイーストウッド監督作品の中で一番気に入っている。

 

実際の事故をもとにした映画となれば、その関係者たちがどのようにして事故を生き延びたかに焦点があたりやすいが、本作では飛行機事故が発生した「その後」が中心に描かれる。

冒頭からトム・ハンクスは一躍スターになった機長の戸惑いや不安、葛藤といった感情を見事に演じており、報道、乗客、調査委員会、機長本人と様々な視点から見た事故当時を回想という形で挿入し事故調査が進むことで少しずつ真実が見えてくるという構成だ。

機長の判断が正しかったのかという問いの答えに登場人物と観客が次第に近づくのを見事にシンクロさせた脚本と脚色はあまりにも素晴らしい。

 

此度の衝突事故では、CAさんの冷静な避難指示に賞賛が集まっている。

日々の訓練の賜物なのだろうが、それにしても飛行機が炎上して自分が数百人に逃げ道を示さなければいけないという状況になったと考えたら、果たして最善の動きが取れるだろうか。

 

映画でも落ち続ける飛行機の中でCAたちは声を揃え、「構えて!構えて!頭を低く!」と機械のように一定のテンポで正確に繰り返す。

川に胴体着水というあり得ない離れ業を成した直後の機長は、乗客に冷静に一言「脱出して」とだけ告げる。

CAたちは瞬時に脱出経路を判断し「後ろは使えないので前へ!」と乗客を誘導する。

綿密なリサーチのもとに作られている本作の描写とテレビやネットで見る話が妙にリンクし、毎日そのことばかり考えている。

 

事故後、機長は国家運輸安全委員会から聴取を受ける。

聴取と言っても内容は形式的なもので飲酒や薬物の使用がないか、前日の睡眠時間の確認、これが本当に最善手だったのか、当時の状況を細かく聞き取り判断する。

これは事故の責任の所在を見つけたり、誰かを責めるために行っているのではない。

なぜこうなったのか、どうしてこうしたのか、それが最善だったか、もっといい方法があったか。

これを徹底的に追求することで再発防止の対応マニュアルを新たに作ることができる。

 

飛行機事故で当事者が生きていて話が聞けることなんてほとんどあり得ないので、この調査は後の航空業界の安全性に多大な貢献をしたと言えるだろう。

だからこそ、この映画ではやや嫌な人たちに描写されているのは可哀想だし、映画公開後に委員会メンバーから反発の声が上がったのも頷ける。

実際サリー機長も映画の監修時点で「委員会を悪役にするのはおかしい」としていて、委員会メンバーの役名を実在の人物から架空の人物に変更している。

 

航空機事故の調査は客観的かつ中立でなくてはならない。

日々のニュースを見ていて心配になるのは、警視庁が事故現場や関係者を捜査し、その結果をマスコミに垂れ流すことで責任追求の声やあらぬ憶測がメディアに溢れかえっていることだ。

現に生き残った海保の機長は既に実名が晒され、警察の取り調べに対して「申し訳ない」とひたすら繰り返しているらしい。

こうなってしまっては先入観のない事故調査はほとんどできなくなってしまっただろう。

原因がヒューマンエラーであったとしても、それが明確な犯罪目的でなかった場合、その責任を個人に追求してはいけない。

そうしないと発言に嘘が混じり、今後の原因究明や再発防止策の検討に多大な影響が発生するからだ。

1月3日付で航空安全推進連絡会議からは、かなりお怒りめの文章で警察の調査やテレビやSNSにおける憶測の流布を懸念する声明が出されている。(これも警察が間違っていると言うわけではなく、航空機を扱う側の組織からのいち意見という前提で読む必要はあると思う)

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警察はどうしても事件性を疑って捜査をするので、再発防止のために客観的な見方をしないといけない事故調とは相性が悪い。

相性が悪いで済めばいいが、国際条約を無視したリーク情報を鵜呑みにしてマスコミや一般人がいい加減なことを発信している現状はかなり問題があるように感じる。

 

そんなニュースが毎日流れてくる中で、飛行機事故とその後の事故調査の顛末が綺麗に整えられているこの映画の事を思い出した。

見るのは随分久しぶりだったが、最後は温かい幸せな気持ちになれる内容で、少し気持ちが晴れたような気がした。

映画は現実逃避のツールとはよくいったものです。

Amazonプライムビデオでテンポ良くサクッと見られる短い映画なので、オススメです。