作品情報
原題:Kuolleet lehdet
監督:アキ・カウリスマキ
出演:アルマ・ポウスティ/ユッシ・バタネン/ヤンネ・フーティアイネン/ヌップ・コイブ/アンナ・カルヤライネン/カイサ・カルヤライネン
制作国:フィンランド・ドイツ合作
上映時間:81分
配給:ユーロスペース
年齢制限:G
あらすじ
フィンランドの首都ヘルシンキ。理不尽な理由で失業したアンサと、酒に溺れながら工事現場で働くホラッパはカラオケバーで出会い、お互いの名前も知らないままひかれ合う。しかし不運な偶然と過酷な現実によって、ささやかな幸福でさえ二人の前から遠のいてしまう。
アキ・カウリスマキの40年変わらぬ味わい溢れる名作
劇場はクリスマス、お正月興行が落ち着き、早くも(恐ろしいほどに)閑散とした時を過ごしています。
東宝さん期待の「SPY×FAMILY」は30億円なら超えられるかな?といったくらいの雰囲気。
年明け1発目の「エクスペンダブルズ ニューブラッド」は惨敗。
前者は子供向けだし入プレ商法でオタクが周回するタイプの作品でもないので仕方がないし、後者は試写会や海外の反応で予期していたとはいえこれほどかと。(まあ映画の中身も・・・)
今後のラインナップを見ても明らかに苦しい1〜2月を過ごすことが確定しているので、映画館好きの皆さんにおかれましては少しでも足を運んでいただけると嬉しい限りです。
さて、そんな意外と忙しくなかった昨年末に見る余裕があったので「ファースト・カウ」と続けて観たのがこの「枯れ葉」という作品。
その堅牢な映画作りでフィンランドを代表するレジェンド映画監督として有名なアキ・カウリスマキが引退を撤回して制作した6年ぶりの新作。
同じフィンランドの映画監督ミカ・カウリスマキとは兄弟の関係。
ガルパンの継続高校メインキャラであるミカとアキは元ネタこれだろと勝手に思っている。
アキ・カウリスマキは失業者や社会の底辺と言われるような仕事をしている労働者を主人公に据え、彼らが厳しい現実に直面しながらささやかな幸せを見つける、といった内容の映画を撮り続けている。
飄々としたキャラクターの淡々とした会話劇を見せるスタイルなのに、セリフや独特の間で観客の笑いを誘う天性のユーモアセンスは健在。
独特のシュールでオフビートな作風が唯一無二として評価されている。
映画が短いことも特徴的で、今回も81分と非常にコンパクト。
派手な演出や演技はなく、非常にゆったりとした、それでいて満たされた不思議な時間が過ぎていく感覚、僕もこれがたまらなく好きだ。
中でも二人が映画を見にいくシーン。
「あなたが選んで」と言われ男がチョイスしたのがジャームッシュの「デッド・ドント・ダイ」で、画面いっぱいに観たことある映像が流れた瞬間、ここ最近の映画体験で最高の瞬間風速だった。
二人とも表情ひとつ変えず映画に見入り、感想を聞かれた女が「これまで観た映画で一番面白かった」とやや興奮した表情を見せる。
ジャームッシュと親交があるカウリスマキ流のユーモアだが、堅実な地盤が映画にあるからこそこの緩急をつけたユーモアが生きており、カウリスマキの手腕に舌を巻く。
男の友人役でカウリスマキ作品常連のヤンネ・フーティアイネンも最高の笑いをお届けしてくれるので要注目である。
今作は労働者の男女が出会い引かれ合うも、運命のいたずらでなかなか出会えないというすれ違いの物語。
少し古い時代のカウリスマキ作品のような雰囲気でどこかおとぎ話のような雰囲気も醸しているが、ラジオニュースではロシアによるウクライナ侵攻が報じられ、これが現代の物語であることがわかる。
SNSやスマホのご時世には難しい「すれ違いもの」をフィンランドの社会的弱者たちでさらっと成立させつつ、時代性を後世に残すという意味で戦争の情報も無理なく映画に記録するカウリスマキのクールな手腕に震える。
「すれ違いもの」といってもアメリカドラマのシーズン2以降によくある「一言説明すれば済む話やろ!」というイライラするタイプのすれ違いではなく、安定感のある話運びで二人の行く末を祈るような思いで見守るものである。
良い映画を観ることは祈りに近いような気がする。
驚いたエピソードがある。
本作は完成までが非常にスピーディで、主演のアルマ・ポウスティによると撮影が始まったのは2022年の9月、そして2ヶ月で編集し半年後にはカンヌで上映していたらしい。
カウリスマキが「枯れ葉」で賞を受けた第76回カンヌ国際映画祭が2023年5月だったことを考えると、撮影は1ヶ月かかっておらず、2022年内に編集が完了しているという恐ろしい話だ。
映像はしゃべる二人の切り返しや引きの定点カメラが基本で派手さはなく、演技もほとんど1テイクで撮っている
それがスピーディさの秘訣だと思われるが、衣装や小道具、背景には非常にこだわりを感じ、決して適当に撮った安っぽい映像にはなっておらず、むしろ構図のキマったショットを次々繰り出してくるのもまたこの監督の恐ろしいところだ。
色使いやロケーションで、我々がほとんど触れることのないフィンランドのリアルな文化風習や風俗を味わう事ができる映像も大きな魅力である。
配信サービスが定着し上映時間が3時間前後の作品が増える中で、これだけミニマムにまとめながら唯一無二で真似できない作家性と、時代や国籍、性別や人種を選ばず観る者の心をつかむ映画を作り続けてくれる巨匠監督に安心感と感謝の念が絶えない。
最後に、物語の転換期に登場し圧倒的存在感と歌を刻んでいったあのミュージシャンについて。
彼女たちは「マウステテュトット」というフィンランドのポップデュオで、姉妹で活動している。
ギターを持つ方がアンナ・カルヤライネン、キーボードがカイサ・カルヤライネンだ。
一度見ただけなのに忘れられない彼女たちの歌と存在感、抜群の音楽センスを映画で披露してきたアキ・カウリスマキが現在激推しなのも納得だ。
そして映画の物語において非常に重要な役割をこの歌が担っている事も、強烈に心に刻まれた原因のひとつだろう。
アキ・カウリスマキの「枯れ葉」は映画が映画らしかった頃を思い出させてくれる、映画の原体験の復活だ。(ファースト・カウでも同じこと言ったねこれ)
SNSによる個人間の、大きくは国家間での分断や不寛容が蔓延る現代において、ある種の純粋さを保ったおとぎ話のようなカウリスマキ映画の世界は人と映画が持つ力に希望を感じさせてくれる。
二人の交錯する運命にハラハラドキドキしながら顛末を見守るあの感覚。
激しさや派手さはないが、こういった映画こそ劇場で魅力を発揮するということを経験するにこれ以上うってつけの作品はないだろう。
ご近所で上映があるならば、ぜひ観に行っていただきたいと思う。