作品情報
監督:宮崎駿
制作国:日本
上映時間:124分
配給:東宝
年齢制限:G
あらすじ
宮崎駿監督最新作。
前代未聞の社会実験映画、遂に公開
宮崎駿監督10年ぶりの新作長編アニメーションが、昨日7月14日にいよいよ公開となった。
本作は公開日が発表されてから半年間あらすじや声優を一切出さず、公式 HPも予告編もチラシもなくこのポスター1枚を劇場に掲出させるだけという前代未聞の宣伝手法を取ったことでも話題になった。(というか宣伝してない)
一応関係者や劇場にのみチラシは配られたのだが、それも数枚程度で完全に業務用でということだ。(ちなみに表はポスターと全く同じデザインで裏面は白紙)
今回の一件はもちろん僕の働く劇場でも大いに騒がれた。
鈴木P曰く「最近の映画は公開前に色々出しすぎて答え合わせみたいになっているが、それはどうなんだろうと思った」という考えがあるようだが、ここまで徹底するともはや働いてるスタッフですら「え、明日からジブリなんですか!?」となる者まで現れる。(流石にそれはどうなんだとも思うが)
とにかくこの業界に身を置くものとして、いち映画ファンとして、この挑戦的すぎる試みがどう転ぶのか期待しかなく、お客さんがどれほど来るのか不安で仕方がないそんな相反する気持ちでどう振る舞えばいいのかわからない日々が続いた。
SNSで映画付きをたくさんフォローし、しょっちゅう映画館に来るような映画ファンほど伝わりにくいだろうが、普段そういう生活をしていない人やSNSをやらないお年寄りには一切の情報が届いてない。
せいぜい金曜ロードショーのジブリ特集くらいではないだろうか。
この施策によって世間はジブリの話題が全くない静かな界隈と、それが異次元すぎてずっとその話題に取り憑かれ様々な憶測を飛ばしまくる界隈にはっきり二分されることになった。
それは当日の興行成績にも顕著に表れた。
ネット民の速報値によると初日の金曜だけで4億円を超える興収を叩き出し駿さん安定の100億円コースにしっかり乗った。
しかし、満席を連発したのは都市部の劇場や映画付きが集まる一部映画館で地方の映画館はガラガラでの上映を連発し、二分された人たちの分布がはっきり出る結果になった。
また、この満席を連発した劇場の客入りも不思議な動きを見せた。
どこの劇場も予約開始当時は全く数字がつかず、続く三連休も中日の日曜ですら上映末期の映画並みの動員。
「あっ、これやっちゃったな」「ジブリでも宣伝しないとこうなるのか」と答えが出たかに見えたが、都市部ではじわじわと予約が増え始め、公開日の昼には夜の回まで満席の劇場も。
このじんわりした火のつき方に興味をくすぐられた人たちで土日の回や2番手3番手になりがちな劇場の回が埋まり始めたのだが、こんな座席の埋まり方は見たことがなかったので正直驚いた。
話題は変わるが、この手の大作が上映されると決まって話題になるのが劇場を独占して他の映画が割を食う焼け野原現象だ。
昨年もいくつかの作品で劇場が焼け野原にされたと上映回数を削られた映画側のファンの間で盛り上がった。
この焼け野原というのはいい得て妙なのだが、劇場側からしたらそんな極端な配置にしてもしっかり埋まってお金が稼げるので焼け野原どころか肥えた土壌なのだ。
僕の個人的見解は、こういった映画でたっぷり稼いだ貯金があるおかげで、上映しても赤字が見えてるけど映画文化を育てる上で必要なおしゃれミニシアター系や変なスプラッターホラー映画なんかを上映し、映画館の多様性を保つことができている。
一方で多様性を潰す行為と言われつつ、他方では映画館の多様性を保つために必要な行為という見方もできる。
ぶっちゃけ大きい声では言えないが劇場に上映回数を決める権利はあってないようなものだし、近隣劇場の具合などお互いに空気を読み合うところもあるのでこの上映回数が必ずしも映画館側が望んだものとは限らずムカついたからって劇場の悪口をいうのはお門違いの場合もあるから許してほしい。
「君たちはどう生きるか」が劇場を埋め尽くす現象がなかったのは、100%ジブリ出資の映画だからか。
これは非常に上手いなと思っていて、座席が埋まれば大ヒットを謳えるしガラガラでも劇場への被害は最小限になるので、無責任にスクリーン独占させるよりはよっぽど良いと思う。
さて、宮崎駿の10年ぶりの新作を、完全に情報を遮断した状態で初日に観るなんて経験はおそらく今後一生できない。
こんなチャンスを逃す手はないと、朝から働き疲れた体にムチを打って最前列というしんどいスタイルでしっかり鑑賞してきた。(清掃で入る時にネタバレ全くなくて本当に良かった)
せっかくここまでお膳立てされた環境を僕の感想如きで汚すのも申し訳ないので内容について何も書く気はないが、せっかくなのでちょっと思ったことだけ書くので読みたくない人はここまでにしてください。
この映画を観て僕が思ったこと。
まず圧倒的な美術、細かい所作まで行き届いた作画、編集、全てが桁違い。
過去の宮崎駿作品の総決算と呼ぶべき磨き抜かれた珠玉の要素をかき集め、それらがいまいちまとまらない断片的イマジーネーションの集合体。
その断片ひとつひとつのレベルが高すぎるので、それだけでこの満足度が叩き出せてしまったという印象。
エンドクレジットで驚いたのが作画スタッフの少なさ。
「水星の魔女」1話分の5分の1くらい?
金と時間があるとこんな人数でこの映像が2時間4分も作れてしまうの?
長年連れ添ったエヴァの最終作すらやらずにこちらに参加していたが、そのアニメーションを存分に味わえて大満足。
ポノックに移った米林宏昌さんや「千と千尋の神隠し」でジブリと袂を分った安藤雅司さんが帰還、ナウシカ以来のジブリ傘下となる片山一良さんがクレジットされるなど新旧ジブリスタッフ揃い踏みでめちゃくちゃ感動した。
冒頭の大平晋也さんパートを始め、かなりアニメーターの色が出ていて本田師匠の作監としての捌き方など色々感じるものがある。
ほとんど宮崎駿自身の修正は入れず、絵コンテに専念しているようだ。
とはいえもちろん本作は強烈な宮崎駿という作家のフィルムで、ナウシカ前を彷彿とさせるほど自由にやっている。
制作期間が7年ということだったが、7年前の庵野秀明監督の「シン・ゴジラ」のセリフ「私は好きにした、君らも好きにしろ」を思い出さずにはいられない。
駿、君も好きにしたのか。
クレジットの中に予告編制作スタッフがいたけど、予告編あるんですか?
いつか後悔するんですかね???
ただ、この内容は予告編出しても難しそうだし、何も見せずに半ば騙し討ちで見せるのが最適解だったのではないかとも思った。
全く宣伝をしないで映画を上映したらどうなるか。
そんじょそこらの映画がやったって売れなかったのが宣伝のせいか映画の知名度のせいかわからないじゃない。
そんな壮大な社会実験の効果測定ができる映画なんて、この世に宮崎駿のジブリ新作以外一本もないのではないだろうか。
社会実験を行いつつ蓋を開けてみたらこれしか売り方がなかったようにも感じる超作家性全開ムービーだったという。
鈴木P、最後までおそるべし。
全てはあなたの掌の上でした。
細かくは省くがある意味ジブリの、そしてジブリ以前の宮崎駿の集大成的作品で自伝的作品でもあるように感じた。
積み木を積む大伯父の一連のセリフ、僕にはこれが宮崎駿監督からの衝撃の告白であり、ひとつの時代の終わりを伝える遺言でもあるように見えた。
宮崎駿監督、長い間ありがとうございました。
ちなみにパンフレットについては我々もいつ売るのか知りません。