作品情報
原題:Midnight Family
監督:ルーク・ローレンツェン
出演:ホアン・オチョア/フェル・オチョア/ホセ・オチョア/マヌエル・エルナンデス
制作国:メキシコ・アメリカ合作
上映時間:81分
配給:MadeGood Films
あらすじ
メキシコシティで私営救急隊をビジネスにする一家の姿をとらえたドキュメンタリー。人口900万人に対して公共の救急車が45台未満しかなく、救急救命にあたる闇救急車の需要がある。そんな私営救急隊のオチョア一家は購入した中古の救急車で日夜人命救助にあたっている。休息もろくに取れず儲からない仕事、無許可ゆえの取り締まりや汚職警官への賄賂で徐々に金銭的に追い詰められていく。しかし、破綻してしまった社会システムを見過ごすこともできず彼らは生きているのだ。
鮮やかに光り輝く闇の世界で善悪の境界は溶け合う
あまりのクオリティにドキュメンタリーである事を疑うレベルの衝撃作。
何時間待っても来ない公的救急サービスの機能不全をカバーしているのは事実だが、警察無線を傍受し現場に駆けつけ、患者を癒着する私営病院に運んで手数料を受け取り患者には輸送費を請求する彼らの行いは紛れもない闇営業。
命を救っているが違法行為なので支払いを踏み倒されても文句が言えない。(違法であることに漬け込む人もいれば、単純に貧困で払えない場合もある)
患者から支払いが受けられない可能性がある以上、手数料をくれる私営病院へ運ぶことを余儀なくされている一面もあるが、それが原因で搬送が遅れ患者が死亡した事を家族に責められるシーンもある。
とはいえ、彼らがいないと医療が回らず患者が助からないのも事実。
善悪の境界線が非常に曖昧になるほど逼迫した状況で誕生した非合法ビジネスだが、その中でも比較的良心的と思われる一家にこの映画は密着しているので見る側の気持ちは複雑だ。
救急車の中で交わされる会話や独り言にも、ドキュメンタリーとは思えないほどいちいちドラマがある。
次は金のある患者であれと祈り、無線が入れば同業の救急車と繰り広げる現実とは思えないガッチガチのカーチェイス。
そして壮絶な救命活動を行う姿にはもはや映画を超えたエンタメ性すらあり、現実問題なので不謹慎だが、これがマジでめちゃくちゃ面白いのだ。
救命士の資格もなく設備も常に不足しているオチョア一家は自らを必要悪だとして同業者と患者を奪い合うが、人命救助には真摯で無理やり金をふんだくることもない。
そんな非合法の彼らに警察はつけ込み賄賂をせびる。
メキシコにはあまりにも非日常な風景が日常になっている人々がいて、ドキュメンタリーもここまでくるとフィクションと見分けがつかない。(オチョア一家がキャラ立ちすぎてるのも原因のひとつか)
この映画は彼らの生活を通してメキシコの医療問題や格差社会など、機能不全に陥った国で最善を尽くそうとする人々の姿を捉えている。
監督はその姿の良し悪しを描くのではなく、ただ事実としてこの問題のさまざまな側面を臨場感たっぷりに見せ、観客に問うている。
あまりにも美しく鮮明な映像が見事でドキュメンタリー映画の概念が覆される驚愕の一本だった。
これがメキシコの現実だとして、コロナ禍でこの国は、この家族は一体どうなっているのだろうと思いを馳せたことをいまだに覚えている。