ご一緒にこちらの映画はいかがですか?

映画館で働きながら、たくさんの映画と映画を観る人を見つめています。

映画「アテナ」(2022)

作品情報

原題:Athena

監督:ロマン・ガヴラス

出演:ダリ・ベンサーラ/サミ・スリマン/アントニー・バジョン/オウアシニ・エンバレク

制作国:フランス

上映時間:99分

配給:Netflix

年齢制限:16+

あらすじ

パリ郊外のスラム街。警官の制服を着た男たちにある少年が殺害された事件をきっかけに暴動が発生。少年の兄で三男のカリムは団地の暴徒を率いて警察を襲撃し、同じく少年の兄で次男のアブデルはフランス軍の兵士であり、事態を収集するため他の兄弟たちと対立することになる。

www.youtube.com

 

目を覆いたくなるフランスの暴動の只中へ巻き込まれる衝撃のアクションと映像美、そして兄弟の悲劇

先週からフランスで暴動の嵐が吹き荒れている。

犯罪を犯した有色人種の少年が警官に射殺されたという報道をきっかけに発生した今回の暴動では、3000人以上が逮捕され地域の市長たちも自宅に車で突っ込まれたり家族が襲われ怪我をしたりなど、フランス版BLMとも呼べる事態に発展している。

増加する移民犯罪に人種差別問題、経済不安など様々な問題が根深く絡みついているのだが、今回の暴動はもはや前代未聞の規模であり、これに便乗した何か怪しい組織の略奪や破壊工作がほとんどになっているようにも見える。

殺された少年の家族や大統領にも「略奪の口実にするな」と言われ、国民の支持も得ていないと見られるのが今回の暴動だが、それは別としてもさすが革命の国と言いたくなるほどに暴動がお家芸というか伝統芸能というか、なにかその筋のプロがいる感じがする。

 

フランスといえば映画大国で、僕は「プロヴァンス物語」が大好きだし、最近はセリーヌ・シアマやフランソワ・オゾンを観て美しくてどこか毒のある映画を作る国という印象を持っているのだが、フランスの歴史を語る上で暴動と革命は欠かせないので「レ・ミゼラブルミュージカル映画の方)にも当然のように暴動シーンがあるし、ラジ・リ監督が世界的に知られるきっかけになった2019年の「レ・ミゼラブルミュージカル映画じゃない方)があまりにも凄かったのでフランス=暴動映画のイメージがついてしまった。(というか本作の脚本にもラジ・リはいる)

フランスが作る暴動映画、暴動に対する解像度が高すぎる。

 

そんな暴動映画を超絶クオリティで撮影し、観る者を暴動の最前線へと誘う凄まじいアクションシーンが話題になったのが本作「アテナ」だ。

「ヴィクトリア」や「トゥモロー・ワールド」「1917」などワンカット(風)シーンが話題になる映画はちょいちょいあるが、そういうのが好きでも興味がなくてもとりあえず冒頭11分だけは観てほしい。

僕が一番すごいと思ったワンカットは「スリー・ビルボード」のサム・ロックウェルのアレなのだが、この11分はあのシーンに匹敵する衝撃として僕の心に刻み込まれている。

 

団地の住民が警察署を襲い、火炎瓶を投げつけ破壊と略奪を繰り広げ迫力のカーチェイスを展開する11分間をノンストップでカメラを回し続けた衝撃のオープニングは、映画史に残る圧巻のアクションシーン

あまりの凄さにどうやって撮ったのかわからないほどで映画の魔法にかかってしまうのは間違いないのだが、Youtubeで見られるこのシーンのメイキングに収められた実際の撮影風景があまりにも原始的すぎて2度びっくり。

車に乗り込んだカメラマンが並走するバイクのカメラマンにカメラをパスしたり、さっきまで演技していた俳優がそれを避けてまた演技に戻ったり、撮影中のカメラマンにワイヤーをくくりつけてそのまま吊り上げたり。

壮絶なカメラマンの動きに下手すると映画より面白いかもしれない。

 

できれば本編の冒頭を見てから見てほしいが一応動画リンクを貼っておく。

面白いところを抜粋されてる4分半の日本語版と、40分ほどの海外フル版がある。Netflixではフル版の日本語字幕版があった気がする)

www.youtube.com

www.youtube.com

 

冒頭以外にも長回しのアクションシーンが多々あり、ハードな撮影技法によるこちらの想像を超えた映像にはその臨場感と没入感でよりこの暴動が現実の出来事なのだと思わせるだけの力が宿る。

予告編にもあったシールドを集めて亀の甲羅のように自らを守る警官隊と彼らを囲み花火で襲撃する暴徒のシーンなど、あまりの美しさに暴力の残虐さを忘れてしまいそうになることもあった。

さすがコスタ・ガヴラスの息子、ロマン・ガヴラス。

暴徒の武装蜂起、火炎瓶や花火の応酬など、ほとんど戦争映画のようで日本では絶対に目の前で起こり得ないスケールがデカい映像なのに、見事な撮影と演出によって生の迫力が凄すぎて、絶対に目の前で起こり得ない事が目の前で起きているような感覚になり脳が錯覚を起こしたようになってしまった。

 

ラジ・リのレミゼよりはスペクタクルアクションに寄っていて社会派スリラーというよりはその表層を使ったエンタメという印象だったが、団地の住民たちを包む集団心理の怖さなどゾッとするような描写もあり、この映画を観たおかげでニュースで見るフランスの暴動のニュースが真剣に耳に入ってくる自分になったのだなと思う。

 

というか暴動のニュースを見るたびにこの映画を思い出すので、今更記事にした次第。

あまりにもそのまんますぎて、現時点で「フランスに住む人以外にフランスの暴動のリアル」が最も伝わる映画だと思う。

現地の人にしかわからない文化風習や出来事のリアルを限りなく近い鮮度でお届けしてくれる映画を、僕は必見の映画だと呼ぶ。

これは結構必見の映画です。