ご一緒にこちらの映画はいかがですか?

映画館で働きながら、たくさんの映画と映画を観る人を見つめています。

映画「エンパイア・オブ・ライト」(2023)

作品情報

原題:Empire of Light

監督:サム・メンデス

出演:オリヴィア・コールマン/マイケル・ウォード/トビー・ジョーンズコリン・ファース

制作国:イギリス・アメリカ合作

上映時間:115分

配給:ディズニー

年齢制限:PG12

あらすじ

1980年代初頭、厳しい不況と社会不安に揺れるイギリスの海辺の町マーゲイト。地元で愛される映画館、エンパイア劇場で働くヒラリーは、つらい過去のせいで心に闇を抱えていた。そんな彼女の前に、夢をあきらめて映画館で働く事を決めた青年スティーヴンが現れ、ヒラリーは生きる希望を見出していく。だが、時代の荒波は二人に容赦のない試練を与えるのだった。

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サム・メンデスが描く映画館と母への想い

映画監督が映画や映画館に対する自身の思い出や考えを自作内で展開させるムーブメントに職人サム・メンデスがついに参戦。

近年は「007 スカイフォール / スペクター」「1917 命をかけた伝令」などのアクション超大作を手がけてきた監督だが、コロナ禍で映画業界を憂い、最新作では海辺の町マーゲイトに佇む映画館を舞台にした人間ドラマと、映画や映画館に対する自身の愛を込めた作品を手がけた。

 

映画館に勤めている身としては、サム・メンデスが手がける「映画館映画」とあって楽しみで仕方がなかった。

結論から言うと思った以上に心に疾患を抱えた中年女性と夢破れた若い男のラブストーリーが中心で正直「思ってたんと違う・・・」という感じだったのだが、映画としてのクオリティの高さとちょいちょい垣間見える映画館あるある、特に終盤パートで展開する映写技師ノーマン(演:トビー・ジョーンズ)の映写室での物語が良すぎて最終的にはいいものを観られたと思った。

 

映画館スタッフから見たエンパイア劇場

エンパイア劇場、とにかく外観も内装も死ぬほどオシャレで最高。

冒頭のまだ誰も出勤していない薄暗い劇場、外部から差し込む白い光に照らされるボロボロのポップコーンマシン、凝った装飾のパーテーション、チケットカウンター、積まれたフィルムのリール。

ここだけで500点満点なのだが、主人公が明かりをつけ営業準備を開始すると劇場の印象が一変する。

暖かみのある美しいライトに照らされる劇場、売り物のお菓子、そして映し出される圧倒的存在感の縦横に伸びた建物の外観。

はい1000点。

ここからストーリーに納得いかなくて原点があっても傑作は確定。

(出勤したばかりなのに山盛りのポップコーンが既にケースに入ってるのは謎だけど)

ワインレッドのシャツに黒いベストの制服も素敵で、純粋にこんな劇場で働きてえ・・・と心底思った。

偉くなって制服変える権限が与えられたらこれにしたいので、そしたらいつか身バレのきっかけになりますね。

 

次は早速ポップコーンまみれの劇場を清掃するシーンだ。

ここで掃除をするスタッフが着古したズボンなど、自分が見つけた変わった遺失物トークを繰り広げ、ポップコーン容器へのゲロや死体を運び出した経験を語り合う。

流石に映画中に心臓発作になった死体を運び出したことはまだないが(今後も起きないで)、なんでこれが?っていう衣服やポップコーン容器へのゲロはいくらでも経験がある。

というか容器にゲロしてるだけマシかもしれない。

みんな休憩室でのほほんとしていたが、うちに関しては決まった休憩時間以外ああなることはそんなに多くなくそれなりに仕事もあるので、映画をやってる間は暇と言うのはまあまあ幻想である。

 

映画ではクセのあるスタッフが多かったが、映画館スタッフには変わり者が多い、と言うのが僕の持論だ。

自己紹介でもあるが、社員もバイトも変人が多い。

他所の映画館バイトを経てうちに来た人に「やっぱ映画館って変わった人多いですね!」と言われたので確信に変わったのだが、「エンパイア・オブ・ライト」に出てくる映画館スタッフも変なやつばかりで「これって全世界共通の認識なのか・・・」という気持ちを抱いた記憶がある。

変人が多いと雇う側は大変かもしれないが、そういった人々の拠り所として映画館がある、という考え方は嫌いではない。

 

職人監督が手がける「映画館の外から飲食物持ち込みを止める」シーン

どんなニッチな着眼点だ。

この映画の貴重な映画館お仕事物パートとして、常連のおじさんが外で買った食べ物を劇場に持ち込もうとしてスティーヴンに止められるシーンがある。

僕がTwitterで観客が自由に歓声をあげたり拍手をしたりその様子を映画の画面ごと撮影する外国の映画館の動画をよく見ていたので、食べ物の持ち込みとかもっと適当なのだと思っていた。

なので、あのシーンで持ち込みに対して毅然と対応する姿を見てかなりの衝撃を受けた。

 

もちろん僕のいる映画館でも持ち込みに気づけば指摘しているが、やはりスタッフの気持ちとしてはお客さまに注意をすること(というかそもそも見知らぬ他人に注意をすること)はかなりのストレスだ。

そのお客さまにごねられたり反論されると後ろに並んでいる方の入場が遅れて鬱陶しいし、嫌な顔されたり普通に暴言を吐かれるので持ち込みの注意は嫌な仕事のトップ3に入るだろう。

(半ギレで「じゃあどうすればいいんですか???」とか「この為に買ってきたのに・・・」とか言われても「知らん・・・やめて・・・」ってなるし、捨てさせるのは流石に可哀想だからカバンにしまって出さないでねとお願いしても大体2時間後には空になったゴミが捨てられてる)

 

それでも映画館が外部からの持ち込みを禁止する理由。

よく映画ファンの方が言ってくださる「売店の売上が大きいから」というのは最高にありがたい気持ちしかないし概ね真実であるが、それが全てでなくなると映画館が死ぬのかと言われると、別にそこまでじゃあない。

持ち込み禁止のもうひとつの理由は、「それが劇場の想定していない物だから」だ。

映画館で売っているものは概ね「こぼしても掃除がしやすい」とか「暗がりで落としても安全か」というところを気にして売られている。

映画館で売っているドリンクは紙コップかプラカップで提供されているが、これなら暗い劇場内で落として踏まれても潰れてくれる。

これが缶や瓶なら踏んづけて転んでしまうし、瓶が割れようものならかなり危険だし掃除も大変だ。

なので、わざわざ缶や瓶のドリンクもコップに移して提供しているのだが、掃除していると場内やゴミ箱に缶チューハイが入っている事など日常茶飯事なので悲しい。

 

また、自分が映画館のフードを買ったのに周りの客が他所から持ち込んだハンバーガーやおにぎり、コーヒー、タピオカドリンクを音も匂いも気にせずバクバク食べてたら、普通にイラっとする人もいるだろう。

大衆向け娯楽としての映画館という側面も大事にしたいのであまり厳しくして映画のハードルを上げたくはないのだが、決して安くないお金を払って映画を見にきた人たちの映画体験を損なう事があってはいけないし、正直者がバカを見る世の中にはしたくない。

 

外部からの持ち込み禁止は映画館の売上のためでもあるが、お客さまの安全を守るためである事、お互いが気持ちよく公共の場を利用するためである事をしっかりと認識して、スタッフに注意されたら素直に従ってほしいものだ。

 

話を戻すと、このシーンはあのサム・メンデスロジャー・ディーキンスが作り上げた圧倒的クオリティの「映画館のスタッフが外部からの持ち込みを注意するシーン」という100年以上の映画史においても類を見ない名場面である。

コミカルかつ、常連であっても毅然と対応しないといけない事を示す良い場面なので、スタッフ向け研修でクリップを見せたいと割と本気で思った。

 

生きる伝説、ロジャー・ディーキンス

本作の撮影監督は世界最高のカメラマンのひとりロジャー・ディーキンス

ノーカントリー」「スカイフォール」「ブレードランナー 2049」「1917 命をかけた伝令」などを手がけ、アカデミー賞も何度も受賞している。

WALL・E」「ヒックとドラゴン」といったアニメシリーズの衝撃的だった自然光風の表現も、巨匠のヴィジュアルコンサルタントという役職があってこその偉業である。

そんな光の魔術師は映画のタイトルに恥じない「光の帝国」を作り上げ、圧倒的な映像美をカメラに納めている。

寂れていながらも光が灯れば優しいあたたかさを醸し出し、煌びやかで夢の世界のような劇場。

そんな劇場内とは対照的に色や光を抑えた外の世界は、当時の不安定な社会情勢や街の空気感にすら質感を持たせて観客へ視覚的に情報を伝える。

ただ光源を持ってゴージャスにするのではなく、自然光の活用や情報の引き算も駆使した見事なコントロールで美しい画面を作り上げていく。

今年の映画でこれを超える映像に出会えるのか今から不安だ。

 

まとめ

僕はまだ生まれていないが、「ブルース・ブラザーズ」「エレファントマン」「レイジング・ブル」など実在の80年代映画ポスターが劇中に多数登場するのはシンプルに熱い。

65年生まれのサム・メンデスが自身の見た思い出をそのまま投影していると思われるが、もっと映画や映画館の物語を全面に押し出す映画だと思っていた。

結構社会派映画なのに本筋は中年女性と青年のラブストーリーで、映画監督の偏愛映画を期待して観ると肩透かしを喰らうだろう。

それでもおそらく映画史上最悪のタイミングでヴァンゲリスの「炎のランナー」が流れるシーンはあまりにも素晴らしい。

ここ数年、心に問題を抱えた女性を演じさせたら右に出るものがいないオリヴィア・コールマンの迫力や、新星マイケル・ウォードの名と顔を覚えたくなる魅力など、俳優のレベルも高い。

 

特に一度見たら忘れられない存在感の名脇役トビー・ジョーンズ演じる、職人資質のベテラン映写技師ノーマン。

彼が映写室でスティーヴンにロマンたっぷりに語る映画のこと、映写のこと、その全てが魅力的。

彼の出てくるシーン全てが総じて最高なのである!

 

冒頭だけで言えば間違い無く今年最高の一本だったが、話が進むにつれて「なんか思ってたんと違うな・・・」という気持ちになったが、それはこちらの期待と違っただけでまあよくあること。

映画(館)愛に溢れるエモーショナルな瞬間やロジャー・ディーキンスの世界最古峰の映像がこの映画にはある。

それでいいのだ。