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映画「秘密の森の、その向こう」(2022)

作品情報

原題:Petite maman

監督:セリーヌ・シアマ

出演:ジョセフィーヌ・サンス/ガブリエル・サンス/ニナ・ミュリス/マルゴ・アバスカル/ステファン・バルベンヌ

制作国:フランス

上映時間:73分

配給:ギャガ

年齢制限: G

あらすじ

大好きな祖母を亡くした8歳の少女ネリー。両親に連れられ祖母が住んでいた森の中の一軒家を片づけに来るが、少女時代をこの家で過ごした母は悲しみに耐えられず、ついに家を出て行ってしまう。母がいなくなったその日、森を散策していたネリーは母と同じ名前の8歳の少女マリオンと出会う。

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8歳の母との出会いから始まる、繊細で美しく、愛に満ちた切ない寓話

母にも幼い娘だった時期がある、そんな当たり前だけどいまいちピンとこない感覚を体験させてくれるおとぎ話のような映画。

大好きなおばあちゃんに最後のお別れず後悔の気持ちを抱えた少女ネリーと、子ども時代の思い出が詰まった家を片付けることに耐えられなくなり姿を消した母マリオン。

森の奥で自分と同じ8歳になった母と出会ったネリーはすぐに仲良くなり、彼女の家に招かれる。

森の奥にある彼女の家はなんと少し綺麗な祖母の家であり、中では若かりし頃の祖母と幼い母が暮らしていた。

時空を超えた出会いを通して母親の感じた喪失を理解し、自らの後悔も乗り越えていく過程、それらを美しい映像と子役たちの瑞々しい演技で愛情たっぷりに見事にまとめあげたこの映画は、僕の中では文句なしにこの年の最高傑作だった。

 

あらすじだけ見ればSFのようだが、小難しい考察や設定は全くないシンプルで誰もが共感し理解できるストーリー。

叙情が溢れ出す黄金色の秋の森に挿す陽光の美しさ。

究極に無駄を削ぎ落とした珠玉の73分で、その短尺に見合わぬ余韻と満足度を与えてくれることだろう。

 

誰しも若かった頃というのは存在するし、親にも自分と同じ年だった時はある。

それは当然のことだが、それについてじっくり考えたことは意外とないし、あまりピンとこない。

この映画では娘が自分の生まれるずっと以前、「娘」だった頃の母と、「母」だった頃の祖母との出会いによって気づきを得る姿を通して、例えば職場で家とは全く違う姿を見せる父のような、「よく知る身近な人たちの全く知らない姿を見る『あの』感覚」をものすごい純度で観客に体験させ理解させる。

とてもファンタジーな設定なので言語化は難しいのに、なぜか心の底では何かを理解したことを感じている。

この映像と物語を体験として得た後、自分の中の何かが確実に変わっているはずだ。

人の考え方や生き方までも、たった73分の映画で変えることが出来てしまう映画の力に僕は感動もするし、同時に恐ろしさも感じているのである。

 

セリーヌ・シアマ監督の前作「燃ゆる女の肖像」はどこか寓話的な雰囲気ながら、登場人物の感情を深く捉えるリアリズムを融合させた傑作だった。

本作は「燃ゆる女の肖像」とは全く違う方向性ながら、同じ基盤を持っていてそれを更にシンプルに研ぎ澄ませた、セリーヌ・シアマが世界最高の作家の一人である事を証明する独創的な大傑作。

映像でしか語れない世界と物語を、セリーヌ・シアマは美しく見事に作り上げるのだ。

 

 

〈余談〉

子役の双子が本当に自然体で可愛らしいのがたまらない。

よく映画に出る子役とは違い何だかぷくぷくしていて、歩くときも少しガニ股でトコトコ歩く。

動きもそうだが作品の雰囲気や物語の節々にジブリみを感じていたのだが、インタビューを読むに監督は本当にジブリ作品を参考に制作していたらしい。

宮崎駿作品で描かれる女児の実写化をこんなところで拝めるとは、あまりにも想定外の収穫だ。