ご一緒にこちらの映画はいかがですか?

映画館で働きながら、たくさんの映画と映画を観る人を見つめています。

映画「バビロン」(2023)

作品情報

原題:Babylon

監督:デイミアン・チャゼル

出演:ブラッド・ピットマーゴット・ロビー/ディエゴ・カルバ/ジーン・スマート/ジョバン・アデポ/リー・ジュン・リー/トビー・マグワイア

制作国:アメリ

上映時間:189分

配給:東和ピクチャーズ

年齢制限: R15+

あらすじ

1920年代初頭。映画の街ハリウッドに夢を抱いてやってきた青年マニー、女優の卵ネリー、サイレント映画の大スターで業界を牽引してきたジャック、才能はあるがチャンスに恵まれないジャズトランペッターのシドニーを中心に黎明期の映画製作の裏側、そして狂乱と退廃、堕落に塗れてもなお輝きを放つ巨大な映画産業の盛衰と、それに巻き込まれる彼らの運命を描く。

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映画に、映画産業に魅せられた者の見る夢

トーキー映画の登場は、まさに大きすぎる歴史の転換期だった。

初めて声を出す芝居を求められるサイレント時代のスターたちの中には、時代のうねりに適応しきれず消えていった者たちも多くいた事だろう。マーゴット・ロビー演じるネリーが何テイクも重ねるあのシーンは面白すぎて忘れられない)

ミュージカル映画の傑作である「雨に唄えば」は、雨の中で傘を振りながら歌い踊る”Singin' in the Rain”のシーンが特に有名だが、物語はトーキーの登場に翻弄されるサイレント映画製作者たちのドタバタを描いたコメディなのだ。

 

この映画に魅了され、自作で何度も引用を繰り返してきたデイミアン・チャゼルにとって同じ題材での映画制作は、さながらゴジラウルトラマン仮面ライダーを手に入れた庵野秀明のよう。

ほとんど「シン・雨に唄えば」と言っても過言ではないだろう。

 

巨大になりすぎた映画産業の栄枯盛衰はまさに、旧約聖書にもその名が載るメソポタミアの巨大都市「バビロン」と呼ぶにふさわしい。

デイミアン・チャゼルは華やかな黄金時代を迎えたハリウッドの幻想をぶち壊す不健全極まりない姿を、「ラ・ラ・ランド」でも披露した圧倒的な映像演出力とジャスティン・ハーウィッツの見事な音楽の融合でエネルギッシュに描写していく。

 

ようこそ、最高で最悪な映画産業へ

第二次世界大戦より以前の映画制作現場は、今ではとても考えられないほど無法で無秩序。人命軽視は当たり前で、倫理のかけらもない撮影現場の苦労エピソードが次々に展開されていく。

昼はムチャクチャな撮影、夜は徹夜で酒池肉林のパーティ、朝になったら少し寝て昼にはまた撮影。

いつものRotten Tomatoes先生の批評家レビューが爆サゲだったのも、夢とロマンに溢れるハリウッド黎明期があまりにも露悪的に描かれていたことに反感を買ったからではないかと僕は考えている。

 

まあ、普通に主人公格のキャラが4人。割と重要な脇役が数名もいてエピソードもさばききれておらず、群像劇として見るにはあまりにもキャラが多くまとまりがない。(その上3時間越えの長尺)

そもそも映画としての評価があまり高くできない作品であるというのも納得ではあるが・・・

 

とはいえ、大規模アクション映画の撮影パートや、トーキー初期の苦労話(「雨に唄えば」でもやったやつ)など、映画好きにはたまらないネタや、どこまで本当かわからないがムチャクチャだけど凄まじい熱量で映画が製作されている様子。その歴史そのものに対する愛情の深さは感じ取れる。

前述の通り露悪的とも取れるかもしれないが、そこにハリウッドの闇や醜態を晒す意図は感じられない。

むしろ、その混沌としていた在りし日のハリウッドや、そこで生み出された物が放つ煌めきに心奪われたチャゼルの憧憬が、画面から溢れ出ているように思えたのだ。

 

共感せずにはいられなかった

特にお気に入りのシーンがある。

ブラッド・ピット演じるジャックがジーン・スマート演じるジャーナリストのエレノアがある言葉をかけられるシーンだ。

「あなたの時代は終わった。でも映画が残る限りあなたは生き続ける。あなたのフィルムを100年後の誰かが映写機にかければあなたは蘇る。永遠の命を与えられたかのようなギフトが、あなたにはある」と。

時代を超えて万人に等しく寄り添う「映画」というメディアが持つ力を完璧なセリフ運びで表現した名シーンだ。

今思えば中盤くらいのシーンだったが、おそらくこのシーンが個人的にはこの映画のピークだっただろう。

 

偶然にもスピルバーグの「フェイブルマンズ」や、サム・メンデスの「エンパイア・オブ・ライト」など、直近で映画監督の個人的な「映画観」が滲み出る作品が続いた。(遡ればもっとあるが)

この中で一番良かった映画を上げろと言われると別に「バビロン」ではないのだが、ワンシーンで受けたパンチ力の強さでいえば、ジャックとエレノアのこのシーンは間違いなくトップクラスに共感した良いシーンだったと言える。

 

まとめ

「バビロン」を好きな人には申し訳ないのだが、個人的には189分の長尺をもってしてもまとまらない散漫としたドラマを俳優陣の名演とチャゼルのエネルギッシュな映像、ハーウィッツの素晴らしい音楽でかろうじて繋いだという印象の映画だ。

だが、「映画」というメディアに対する解釈の一致。

そして、不道徳極まりなくも数多の傑作を生み出し、現代まで続いてきた煌びやかな世界に抱く憧れには、映画業界の末端に関わるものとしては心底共感せざるを得なかった。

 

理屈や利害では語れない。

「重要で大きな何かの一部になりたい」という気持ちは、映画に魅せられてしまった全ての人々の根底に存在する、共通の願望なのかもしれない。

 

 

 

〈余談〉

映画館で働いたことある人には共感してもらえると思うんですが、映画館って社員もバイトも変わった人が多くないですか?

映画を売る側の人がどうかは知らないけれど、作る側と届ける側の人間は割と映画の魔法にやられちゃってそのまま沼に沈み込んでしまっている率が高いと思う。

アニメ業界とか(アニメ業界の人ごめんなさい)エンタメ業界ってそういう人が多いような気が僕はしてます。

結構しんどいのに給料は安い。

それでも続けちゃうのは、好きなことで食っていきたいとか、そういう思考もあるのかもしれないけれど。

ジャックやネリーのような人々が積み上げてきた(彼らの犠牲の上に、と言ってもいい)歴史の先に今の映画産業があり、その先っちょに自分もいたいという、これまで何千本も映画を観てきた中で自然発生したまばゆい世界への憧れや願望があるからだと思うんです。

ハリウッドの一線で活躍するチャゼルや彼みたいな映画監督たちも、同じオフィスで仕事してるおじさんも、みんな自分と同じようなことを考えてこの業界にいるのかな。

そうだったらいいな、なんて思いながら今日も仕事に向かうのです。

 

憧れのバトンをお客さまに受け取ってもらうことをやりがいにしながら、今日も生きていくのです。